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2007年12月29日

由布姫の墓 (建福寺)

さて、今回は諏訪湖より35kmほど南下した伊那市高遠町にある由布姫の墓がある臨済宗大宝山建福寺に行ってきました。先日、ご紹介した『小坂観音院』は由布姫の供養塔でしたね。

『由布姫の墓』建福寺


こちらにあるのが、武田勝頼の母で諏訪御料人であるまたの名を『由布姫』『湖衣姫』のお墓と言われています。武田勝頼が高遠城の城主となった時に『由布姫』もこの高遠の地に移られているようです。

由布姫の墓所


「乾福寺殿梅巖妙香大禪定尼」

これが『由布姫』の法名です。
改めて、『由布姫』がどんな生涯を送ったとされているのか?
簡単に概略を説明します。

諏訪頼重の息女で、諏訪頼重が武田信玄に滅ぼされた天文11年(1542)に若くして武田信玄の側室とされます。天文15年(1546)に甲府で武田勝頼を生んでいます。
25歳の若さで亡くなっているとされているので、武田勝頼を出産したのは15歳の頃と推測されます。昔はそうだったのでしょうか?今では信じられませんね。

永禄5年(1562)から元亀2年(1571)までの9年間、高遠城主であった武田勝頼は亡き母『由布姫』の供養に努め、元亀2年11月に大龍山臨済寺の鉄山和尚を招来して17回忌の法会を高遠城で執り行っているようです。


静かなお寺でした。
『由布姫の墓』建福寺

車で行かれる方はご注意ください。
お寺に続く道はとても狭く、急勾配です。また途中でUターンできる場所も限られています。下の写真のようにお寺のすぐ近くのスペースに車を停めることができれば良いですが、他の車が停まっていたら最悪な事態になります。
急勾配の狭小道路をバックでおりなくてはなりません。

建福寺とMINI


大した距離ではないと思いますので、JRバスのバス停「高遠駅」付近に駐車して歩かれた方がいいかもしれません。

さて、次は山本勘助が武田信玄の命を受け、大規模な改築を行ったと言われる『高遠城』についてです。




【地図】建福寺の場所は??


posted by pleasure1975 at 22:48| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(2) | 武田信玄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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