MINIでいくMINIなオトコの放浪紀
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2008年01月30日

先生ごっこ!

今日は会社を有給休暇(正確には代休)で休んで、栃木県のとある中学校で先生ごっこをしてきました!正確には講演会に近いのですが、生徒から先生と呼ばれたので先生になりきりました (^0^-)

講演時間は30分でそれを2セット!

最初は30分間も話すことができるだろうか?
と心配していたけど、実際に話してみると短い短い…。
あっという間に30分を過ぎていて、生徒からの質問時間を奪ってしまいました…。
本当にごめんなさい m(_ _)m

しかも、一回目と二回目で話した内容が違うものに…。
なかなか同じ内容をそのまま2回も話すってのは難しいことを教えられました。
ちゃんと生徒たちにメッセージが伝わっていればいいけれど。。。

個人的には本当にいい経験をさせていただきました♪


中学生はとても礼儀正しくいい子たちでしたが、チョット大人しかったですね。。。
ま、自分もあんな感じだったのかなぁって思い返してみました。


話をしていく中で生徒に質問できるんですが、やはり今の中学生ですね!
ほとんどの生徒がインターネットを閲覧していて、実際にヤフオクで買い物をしているんです!自分の中学時代は…パソコンなんて…。

それと『Yahoo!』は知っていても『Google』は意外と知られていないんですねぇ。
この結果からも、まだまだ日本でのポータルサイトとしての認知度の高さは『Yahoo!』に軍配があがりそうです。


いろいろな意味で本当に勉強になった今回の先生ごっこ(生徒に対して失礼か…)は貴重な体験でした。
余談ですが、中学校ってあんなに寒かったんですね…。
教室はストーブがついているので暖かいですが、廊下は極寒でした (^0^;


posted by pleasure1975 at 01:48| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月29日

Movable Type!

更新することができなかった土日月は、

実はMovable Typeでブログを構築していました。

そちらに集中してしまって (^0^;

そのMovable Typeで構築したブログは以下のURLからご覧いただけます!


FC CARESS Blog!
http://caress-web.com/blog/


一応、自分で運営しているサイトのブログは自分で作ってみようかなぁと思い、挑戦してみました。
ブログ自体の構築は『ロリポップ・レンタルサーバー』で構築環境が整っていたので、
造作無く完了♪とても簡単にブログシステムを構築することができました!!

しかし、デザインのカスタマイズとなると扱うテンプレートの数がなかなか多く、
最初は苦戦しましたが、何とか形にすることができました!!

また随時、お知らせ致します!
posted by pleasure1975 at 03:03| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

十和田湖

土日月と更新することができませんでした。
せっかく今月はいいペースで更新することができていたんですが…。

実はMovable Typeでブログを構築していました。
そちらに集中してしまって (^0^;
そのMovable Typeで構築したブログは以下のURLからご覧いただけます!

FC CARESS Blog!
http://caress-web.com/blog/

Movable Typeでのブログ構築については別途でご紹介させていただきます!


さて、今回は前回の『浄土ヶ浜』から更に北上!
岩手県を縦断して秋田県と青森県の境にある『十和田湖』です!!

国道4号の桜(ゴールデンウィーク)
↑国道4号線沿いの桜並木

この写真は2006年5月5日の午後4時ころに撮影した写真です。
東北地方の桜はゴールデンウィークあたりがピークなんですかね?
まだ満開の一歩手前のようでした。

十和田湖付近の雪山

この写真は同じく2006年5月5日に撮った写真です。
時刻は17時10分ですから、桜を見たところから1時間程度走ったところにはこんな雪景色が残っているんです…寒かったぁ〜。

十和田湖001
↑十和田湖(展望台から臨む)

途中、道に迷い、「熊注意」の看板にビビリながらやっとの思いで着いた『十和田湖』です!!
天気が悪いのが微妙ですが、『十和田湖』は生まれて初めてだったので、感動しました。

十和田湖002

十和田湖003

十和田湖畔から見た『十和田湖』です。

天気が悪い上に風がこの上なく強く、寒いし波が荒い (^_^;
とてものんびり観光って感じではなかったので、売店できりたんぽを購入して食して『十和田湖』をあとにしました。

十和田湖の乙女の像
↑「十和田湖」の乙女の像


さて、ここまで北上したらやはり次に目指すポイントはバス釣りで有名な『八郎潟』です!とりあえず、八郎潟の近くの町「能代」を目指してGO!!

しかし、途中の山道では霧が立ち込め、日が落ちて視界が悪い状態での運転にとても疲れてしまいました…。

五里霧中


つぎは早朝の『八郎潟』を紹介します!



【地図】十和田湖の場所は??
posted by pleasure1975 at 02:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 東北地方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月25日

浄土ヶ浜

岩手県は宮古市の『浄土ヶ浜』です。

昨年の5月3日に書いた記事…「浄土ヶ浜(剛台展望台)」の続きです。
えらい昔の記事の続きで申し訳ありません m(_ _)m

『武田信玄ゆかりの地』ツアーが始まってしまったものですから (^0^;
流行ものでしたしね。

さて本題の『浄土ヶ浜』です。
その5月3日の記事に書いた通り、駐車場から結構な高低差の坂をおりたところに日本庭園のような美しい海岸が姿を現します。

浄土ヶ浜1
↑浄土ヶ浜

火山岩で形成された岩塊が浄土ヶ浜を外海から隔て、入り江となっているため波が穏やかで、海底が白い小石で形成されているため、波に砂が混じらないのでとてもクリアな水質なんです。
海底が小石で形成されているので、裸足で歩くのはなかなか厳しそうですが、波がなく水が綺麗なので、絶好の海水浴場になっているようです。

浄土ヶ浜2

浄土ヶ浜3


GWでまだ水温が低く海水浴シーズンではありませんが、沢山の人が絶景を眺めに訪れてました。
そんな『浄土ヶ浜』は、「日本の水浴場88選」に選定されているほか、かおり風景100選日本の渚百選日本の白砂青松100選にも指定されているそうです。

さて、次回はこの『浄土ヶ浜』からさらに北上を続け、次なる目的地の『十和田湖』についてです。お楽しみに♪



【地図】浄土ヶ浜の場所は??
posted by pleasure1975 at 01:14| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 東北地方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月24日

GWの志賀高原

前記事の小布施は『北斎館』から更に北上して、国道292号で志賀高原を越え、草津を抜けて関東に戻るルートを選択しました。
帰って来てから『Mapfan』で確認したら、南周りのルートの方が近かったようですが、気にしません。そんなの (^0^;

その志賀高原ルートで実家のある栃木県までは、約250kmの道のり。
大した距離ではないですね。

さて、ルートとなった志賀高原ですが、GWなのに雪があって、ゲレンデがオープンしてました。さすがに雪質はシャーベットに近い状態でしたが、GWまでスキーが楽しめてしまうんですね。志賀高原は!!!

GWのR292
↑GWの国道292号線

さすがに路面に雪はありませんでしたが、路肩には雪がありました。
朝晩は確実に凍結するんでしょうね。
志賀高原をドライブしようと考えている方は、注意してくださいね!

GWの志賀高原
↑GWの志賀高原

とても幻想的な感じでした。
志賀高原の夕暮れです。この写真を撮った時刻は18:36ですから結構明るいですね。
しかしまぁ、5月だというのに信じられないほど気温は低かったです…。


MINIと志賀高原
↑MINIと志賀高原

車通りも少なかったですし、チョット路肩で相棒の記念撮影です。
この2日間、なかなかハードな旅を文句ひとつ言わずつき合ってくれてありがとう!
そしてこの日、MINIの走行距離が15,000kmを超えました。

MINI 15,000km
↑走行距離が15,000km超え!!

新車で購入して1年と5ヵ月。
土日の休みしか乗らないのに、このペース。
なかなか、いい感じです。

これからも、よろしく相棒!!
posted by pleasure1975 at 02:50| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 甲信越地方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月23日

北斎館(小布施)

長野から志賀高原、草津を抜けて前橋経由で実家の栃木へ!

松代から志賀高原に向かう途中、小布施という町に『北斎館』があります。
その『北斎館』のまわりは、とても趣のある町並で良いところでした。

小布施の町並
↑北斎館の周辺の町並です。

小布施の町並2

景観を守るために電線も地中に埋設されていて、
本格的な観光地なんだなぁって感じました。

小布施の町並3

なんかイイですよねぇ。
落ち着くというか。

一番好きな町並の飛騨高山の『古い町並』を思い出してしまいました。
「小布施」で検索してみたら
『小布施町総合ポータルサイト・いい小布施ドットコム』
を見つけました。


北斎館
↑北斎館

こちらが『北斎館』のエントランスです。
到着したのが、閉館1時間前だったのであまりゆっくり見ることができませんでしたが、北斎ワールドを十分に満喫することができました♪

この小布施の『北斎館』には、葛飾北斎が手に筆を持って、じかに描いた『肉筆画』が多く残されています。葛飾北斎といえば『冨嶽三十六景』などの版画が有名ですが、それらの版画と区別するために『肉筆画』と呼ばれています。

『葛飾北斎』について、簡単にご紹介させていただきます。
北斎は東京都墨田区で生まれ、チャキチャキの江戸っ子でした。6歳の頃から絵を描くのが好きだったようです。19歳になると、歌舞伎の役者絵で有名な浮世絵師のもとに弟子入りして、「勝川春朗」と名乗りました。
北斎は食事の時間も忘れるほど、絵の勉強に励んだと言われており、天才といえどもやはり努力の人だったようです。

北斎が亡くなって160年近くの月日が流れているにもかかわらず、今でも世界中の人々の目を楽しませてくれている北斎の絵は凄いの一言につきますね!!
ぜひ、皆さんも小布施に行かれることがある時は『北斎館』を訪れてみてはいかがでしょうか?



【地図】北斎館の場所は??
posted by pleasure1975 at 01:47| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 甲信越地方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月22日

山本勘助の墓

とうとう、今回の『山本勘助の墓』で31回続いた『武田信玄ゆかりの地』巡りの最終回を迎えます。昨年のGW、5月4日からスタートしてなんと8ヵ月もかかって全てを紹介することができました。

といっても途中、更新を怠っていた時期がありましたが (^-^;

甲府の『武田神社』から始まり、諏訪の『小坂観音院』『諏訪大社』、小諸市の『懐古園』など。そして、『八幡原史跡公園』、松代の『海津城址』を経て、
やはり最後を締めくくるのは、『山本勘助の墓』

今更だけど、『山本勘助』は武田二十四将の一人で、武田の五名臣の一人でもある。武田信玄の伝説的軍師としても有名であるが、本当に実在したのかは定かではない。

その『山本勘助』の墓が、長野県は千曲川のほとりにあります。

山本勘助の墓
↑山本勘助の墓


山本勘助の墓

上の写真の看板に記述されている『山本勘助』はこうです。


山本勘助は、三河国(愛知県)の出身、26歳より諸国を巡り修行し、天文・兵法・槍術・築城術など武芸百般を体得、44歳にして武田信玄の軍師となり数々の策略を立て、上杉謙信の攻撃に備えて築いた海津城 (松代城)の構築も手がけた。
1561年 (永禄4年)9月10日の激戦において、信玄に勧めた『きつつきの戦法』を謙信に見破られ、武田軍は一時苦戦に陥り、勘助は責任を感じ奮戦の後討死にした。


伝説の軍師『山本勘助』には、様々は説がありますが今も人々に語り継がれて、物語の中で生き続けてます。

NHKの大河ドラマ『風林火山』も終わってしまいましたが、また機会があったら違う角度で戦国時代の史跡巡りをしてみたいと思います。



次回は、ちょっとだけ北に足を延ばして、小布施の『北斎館』に行って来たので、そちらの町並などをご紹介します。お楽しみに♪



【地図】山本勘助の墓の場所は??
posted by pleasure1975 at 03:02| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 武田信玄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

見てもらえてる喜び!

どもども、ブログの記事にコメントを残していただけると、自分のブログ記事を読んでくれている人がいるんだなぁ〜って本当にうれしいです♪

今回、『海津城 (松代城)』の記事にコメント残していただいた上にブログで『MINIでいくMINIなオトコの放浪紀』を紹介していただき、感謝感謝であります!!!

【信州松代】のとっておき情報で〜す
遊学城下町松代さん。


信州松代・カヤマこども館のご案内とスタッフの子育て日記
松代町カヤマ子ども館スタッフさん。

ありがとうございました!!


これからも全国津々浦々、気ままな旅の記録を徒然なるままに書いて紹介していこうと思いますので、お暇な時にまた遊びに来てくださいね。
posted by pleasure1975 at 02:06| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月21日

真田邸(改修工事中…)

ちょっと『武田信玄ゆかりの地巡り』とは違うかもしれませんが、
今回は海津城の周辺に立地する『真田邸』についてです。

残念ながら、訪れた2007年5月時点では大改装工事中でした…。
この改装工事、平成24年までかかる予定のようです。。。
長いですねぇ〜。あと4年間はまともに見ることができません。

また4年後に長野に行く機会があったら寄ってみようと思います。

真田邸の門
↑真田邸の門

ね!門の向こう側に白い防護シートが見えるでしょ?
そう、こんな感じで建物全体を白い防護シートで覆ってしまっているため、建物は見えない状態なんです (涙)。
あまり行っても意味は無いかもしれませんが、こんな状態ですから改装中は無料で庭園内に入ることができます。

真田邸大改修の案内
↑真田邸大改修のスケジュールなどが記載されている案内板


ま、こんな感じで大した内容をお伝えすることができませんので、海津城並びに真田邸周辺の町並の紹介をします!

この町並のいたるところに真田の旗印である『六文銭』を見ることができます。

六文銭

そういえば、高速道路の高架の橋桁にも『六文銭』が書かれていたような気がします。

この松代には、『海津城』『真田邸』の他に『松代藩・文武学校』などがあります。いろいろな見どころがここ一体に集まっているので、結構楽しめます♪

文武学校
↑松代藩・文武学校

休憩所(松代)

上記のような無料で解放されている休憩所があって、歩き疲れたら休めるとことがあるというのはいいですね。

ぜひ、『海津城』に行ったら『真田邸』『文武学校』などにも足を延ばしてみてください!
さて、次はいよいよ今回の『武田信玄ゆかりの地巡り』の最終地である『山本勘助の墓』です。お楽しみに♪

【地図】真田邸の場所は??
posted by pleasure1975 at 01:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 武田信玄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月20日

海津城(松代城)

今回は『武田信玄ゆかりの地巡り』の続編です。

『海津城』(松代城)

武田信玄が山本勘助に命じて作らせた城です。
作ったといっても、この地の在地土豪である清野氏の館を武田氏が大改修したとされています。

松代城の入口
↑松代城址の入口です。

松代城址案内板
↑松代城址の案内板です。

この案内板によると

松代城は、甲斐の武田信玄が越後の上杉謙信との『川中島の戦い』の際に、武田方の前進基地として築かれた海津城が始まりといわれております。
永禄3年(1560)頃に普請が完了したものと伝えられています。慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いの後、城主となった森 忠政の頃、二の丸・三の丸を整備し、土塁を石垣に築きなおしたものと考えられています。
元和8年(1622)には真田信之が上田より移封されて以降、明治の廃城までの約250年間、松代藩真田家10万石の居城となりました。

松代城は、北側を流れる千曲川を自然の要害として作られた平城で、最奥部に本丸、南側の城下に向けて二の丸・三の丸・花の丸などの曲輪を構えておりました。
明治5年(1872)の廃城以降、建物は無くなったものの、昭和56年(1981)に本丸を中心とした旧城郭域の一部が新御殿とともに国史跡に指定されています。

という『海津城』(松代城)の説明が書いてありました。

松代城

松代城

松代城

今回は写真ばかりですね。
そうそう、この松代城の周りを人力車に乗せて回ってくれるサービスがありましたよ。

人力車サービス(松代城)

お城のまわりを一周で1000円でした。う〜むって感じですよね (^0^;
思い出にはなるかもしれませんが!


というわけで、『海津城』(松代城)に関してはこんなところです。
さて、次回は海津城周辺の町並と改修工事中だった『真田邸』についてです。
【地図】海津城(松代城)の場所は??
posted by pleasure1975 at 23:35| 東京 ☁| Comment(3) | TrackBack(2) | 武田信玄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月19日

Mac Book Air

新しいMac Bookが発売されましたね!

MacBook Air』が1月16日に発表されました。
今は予約受付中!
2週間後から順次出荷とあるから、一番早い人でも1月末か2月あたまかな?

それにしても、今回の『MacBook Air』は薄い (汗)
一番薄い部分が0.4cmってことは4mm!?
マジで超薄です。
一番厚い部分でも1.94cmだから2cm以下なんて…。
すごい技術ですね。

そんな薄さだから重量も1.36kg!
吾輩のMacBook Proよりも1kg以上も軽い!!
凄いですね〜。

でも、MacBook Proと同じカテゴリでの新作でなくて良かったです♪
まだ買ってから4ヵ月くらいしか経ってないですからね。はやく店頭で実物を見てみたいです。リアル店舗のApple Storeにはあるのかもしれませんが。


MacBook Air 1.80GHz Intel Core 2 Duo

『MacBook Pro』は極薄なのでDriveが内蔵されていません…。
外付Driveの純正品は下のDriveです。
USB一本で接続できて、『MacBook Air』でCDやDVDの再生、作成が可能になります。
値段は 11,800円(税込)です。


MacBook Air SuperDrive





posted by pleasure1975 at 03:13| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月18日

執念の石

今回で『八幡原史跡公園』は最終回です。

『執念の石』です。

執念の石

この『執念の石』にも川中島の戦いでのエピソードがあります。
第四次川中島の戦いで起こった「武田信玄と上杉謙信の一騎打ち」は有名な話ですよね。その時に武田信玄の家臣である原大隅守虎胤(はらおおすみのかみとらたね)が、信玄のもとに駆け付け、上杉謙信から武田信玄を救いました!
その時に上杉謙信を撃ち逃したことの無念さから傍らの石を槍で突き通したと伝えられています。その石がこの『執念の石』です。

本当に槍を突き刺した跡のような穴が石の真ん中に開いています!
その真偽の程はわかりませんが、そんなエピソードのある石でした。

いかがでしたか?川中島古戦場である『八幡原史跡公園』。
今は長野市立博物館で「風林火山展」は開催されておりませんが、『武田信玄と上杉謙信の一騎打ちの像』『首塚』『執念の石』など川中島の戦い当時のエピソードが満載の史跡が沢山あります。
ぜひ一度、行かれてみてはいかがですか?

川中島合戦図
↑川中島合戦図


さて、次回は海津城址である『松代城』です。お楽しみに♪【地図】八幡原史跡公園の場所は??
posted by pleasure1975 at 02:29| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 武田信玄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月17日

首塚

さて、昨日に引き続き本日も『八幡原史跡公園』です。

『首塚』なんて、若干背筋の凍るようなタイトルですが、チョットいい話というかエピソードがあるんです。知っている人もいると思いますが、『敵に塩を送る』って言葉の由来をご存知ですか?
実はこの言葉が生まれたのと大きな関係があるんです。この『首塚』は!!

八幡原史跡公園の首塚

ところで、『敵に塩を送る』ってどんな意味だか分かりますか??
敵対している相手であっても、その相手が苦境に立たされている時は助けてあげることを『敵に塩を送る』といいます。
「『敵に塩を送る』ようなまねしやがって!」なんて使われ方をしますよね。

この『敵に塩を送る』という言葉は、武田信玄が「今川氏」と「北条氏」から『塩留め』を受け、海に面していない信濃・武田領内は塩を取ることができず、領民は苦しんでいました。それを見た義を重んじる宿敵・上杉謙信は武田領民の苦しみを見過ごすことができず、わざわざ越後から信濃まで塩を送り、武田とその領民を助けたというエピソードから『敵に塩を送る』という言葉が生まれたのです。

ん?『首塚』は?? 何の関係があるの?

実は、上杉謙信がこの行動をおこす原因になったと言われるエピソードが、この『首塚』に関係しているのです。

時は永禄4年(1561) 9月10日の戦いの後、武田の武将で海津城主・高坂昌信(高坂弾正)が激戦場となったこの一帯の戦死者(6000人余り)の遺体を敵味方関係なく集めて、手厚く葬りました。その時の塚がこの『首塚』です。
これを知った上杉謙信は大変感激し、塩不足に苦しむ武田とその領民に対して塩を送り、その恩に報いたというエピソードが残っているんです。
その時の上杉謙信の言葉が「われ信玄と戦うもそれは弓矢であり、魚塩にあらず」だったそうです。

何ともいい話ですよね!
その時代に生まれた言葉が今もまだ使われて生きている。
この話(事実)を知ったとき、とても感動したのを憶えてます!


さて、明日は『八幡原史跡公園』の最終回です。お楽しみに♪



【地図】八幡原史跡公園の場所は??
posted by pleasure1975 at 02:18| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 武田信玄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月16日

三太刀七太刀之跡

さて、今夜も『八幡原史跡公園』についてです。
今回はもう少し、「川中島の戦い」関連の史跡を紹介していきます!!
まずは『三太刀七太刀之跡』です。
これは「みたち ななたちのあと」って読みます。

三太刀七太刀之跡

武田信玄上杉謙信の一騎討ちの場所と伝えられていて、三度斬りつけ軍配団扇には七つの傷が残っていたことから、こう言われているのです。
なので近くには、武田信玄上杉謙信が一騎打ちをしている像が立っています。

この像は結構有名ですよね?

武田信玄と上杉謙信の一騎打ち

武田信玄と上杉謙信の一騎打ち2
↑武田信玄と上杉謙信の一騎打ち像

『三太刀七太刀之跡』の碑の近くに立っている看板に書いてある解説を紹介します。


永禄四年(1561) 9月10日、ここ八幡原を中心に上杉、武田両軍三万余の壮絶な死闘が展開された。上杉謙信は(中略)長光の太刀抜き放ち、名馬放生に跨がり戦況の進展に注目、乱戦で武田本陣が手薄になったのをみ、旗本数騎をつれ信玄の本営を強襲した。このとき、武田信玄は軍配を右手に持ち、この地で崩れかかる諸隊を激励指揮していた。この信玄をめがけて謙信はただ一騎、隼の如く駆け寄りざま、馬上より流星一閃、信玄は軍配で受けたが、続く二の太刀で腕を、三の太刀で肩に傷を負った。後にこの軍配を調べたところ刀の跡が七カ所もあったといわれ、この一騎打ちの跡を世に三太刀七太刀之跡という。


今から450年以上も前にこの地で武田信玄と上杉謙信が一騎打ちを行っていたのかと思うととても不思議な気分になりました。

ぜひ、長野に行く機会があったら『八幡原史跡公園』で三太刀七太刀之跡や武田信玄と上杉謙信の一騎打ちの像を見に行ってみてください!!




【地図】八幡原史跡公園の場所は??
posted by pleasure1975 at 02:44| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 武田信玄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月15日

八幡原史跡公園

『武田信玄ゆかりの地』巡りも大詰めとなります。
今回は、長野県は『八幡原史跡公園』をご紹介致します。

ご存知の方も多いと思いますが、日本史上でも激戦のひとつに数えられる「武田信玄」「上杉謙信」が5回も戦火を交えた『川中島の戦い』の古戦場です。

今は『八幡原史跡公園』として整備されています。

大河ドラマ『風林火山』の影響とゴールデンウィークということも手伝ってか臨時駐車場までもが満車になるくらいの大にぎわいでした。

武田信玄と上杉謙信像
↑武田信玄と上杉謙信像

見てください。この人の多さ。
ちゃっかりガイドの話を聞いている集団に混じって説明を聞いてしまいました。

この公園も見どころが満載ですので、数回に分けて紹介していきます。
まずは、公園内の雰囲気を紹介します。

八幡原史跡公園その1

八幡原史跡公園その2

このように家族連れで遊びにきている人たちが多く、長野県民の憩いの場になっているみたいです。しかも、敷地内には長野市立博物館やプラネタリウムがあり、いろいろと楽しめる場所になっています。

八幡原史跡公園・長野市立博物館
↑長野市立博物館

昨年は大河ドラマ『風林火山・特別企画展』が開催されていました。
企画展の中では、第四次 川中島の戦いを再現したVTRが流されるなど、川中島の戦いを中心に大河ドラマ『風林火山』の背景を解説されていました。


次回は三太刀七太刀の像を中心に武田信玄と上杉謙信の戦いについて紹介していきたいと思います!!

悔いの残らない旅の計画のお手伝い!旅のお店の歩き方



【地図】八幡原史跡公園の場所は??
posted by pleasure1975 at 00:54| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 武田信玄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月14日

ネコもコカイン中毒!?

『2007年おもしろ動物ニュース』の中で
気になった記事があったので、その件について書きます!
この記事自体、2007年9月2日なので知っている人は知っていると思いますが…。
多分、そんなに有名な記事ではないと思いますので情報共有って感じで (^0^;

『パーティーの残飯にコカイン、飼い猫が中毒に』

って記事です。

ネコもコカイン中毒になるんですねぇ。
人間と同じような症状がおこるんでしょうか??
飼い主の話では「歩行困難であった」ということですが、かわいそうに。。。
まったくもって、けしからん話です。




チョット『コカイン』について調べてみようと思ってWeb検索してみたところ、『アンサイクロペディア』というサイトで興味深い記事も発見しました。


また、一種の伝説である可能性は残っているが、IT業界にはコカイン中毒者が多いと言われる。夜も寝ずに働かなければならない、ITドカタと言われる状況故のものであろうか。つまり、あなたの会社の使っているシステムや、Windowsにバグが多いのはコカインで正常な判断ができなくなったせいである。開発者を責めてはいけない


ふむふむ、システムバグは『コカイン』のせいであったかぁ…ってそんなわけもなく。
っていうかどこの会社も「夜も寝ずに働かなければならない、ITドカタと言われる状況故のもの」って言われるくらい開発者は酷使されているんですねぇ…。
どこに行っても同じか?

しかし、この『アンサイクロペディア』ってサイト。
あの『ウィキペディア』のパロディ版って感じなんでしょうか?
興味のある方は覗いてみてください。暇な時にね!

『アンサイクロペディア』
posted by pleasure1975 at 22:32| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

荒砥城(二の郭・本郭)

今回も『武田信玄ゆかりの地』めぐりの記事です。
昨日の続きで『荒砥城』です。

長いのぼり坂の先には「二の郭」の入り口の門があります。
ここは大河ドラマ『風林火山』のロケ地になりました。

荒砥城・二の郭の門
↑荒砥城・二の郭の門

この「二の郭」には、見張り台の『櫓』『兵舎』があります。

荒砥城・二の郭の兵舎
↑荒砥城・二の郭の兵舎

櫓から千曲川を臨んだ写真と櫓から二の郭を見た写真です。

荒砥城・櫓から見た千曲川
↑荒砥城・櫓から見た千曲川

荒砥城・櫓から見た二の郭
↑荒砥城・櫓から見た二の郭

そして「二の郭」の上には「本郭」があります。
この「本郭」には館と兵舎があります。
中世の城と呼ばれるものは、こんな感じだったんでしょうかね。
甲府の『躑躅ヶ崎館』もそうでしたし。

本郭から見た二の郭の櫓です。

荒砥城・本郭から見た櫓
↑荒砥城・本郭から見た櫓

最後に、『荒砥城』の歴史をチョットだけ!

荒砥城は今から約400年前、そう全国で戦が頻繁に行われていた「戦国時代」に村上氏の一族である「山田氏」によって築かれた城です。郭(くるわ)が連なるように並んでいたところから「連郭式山城(れんかくしきやまじろ)」と呼ばれているそうです。

山を下りると『戸倉上山田温泉』があり、温泉街があります。
時間に余裕がある方は、温泉を楽しんでもいいですね♪

さて次回は、あの有名な『川中島の戦い』の古戦場として現在は『八幡原史跡公園』です。大河ドラマ『風林火山』が人気絶頂だったのも手伝ってか『風林火山』一色でした。お楽しみに。

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【地図】荒砥城址の場所は??
posted by pleasure1975 at 00:36| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 武田信玄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月12日

荒砥城

本日は『武田信玄ゆかりの地』巡りネタです。

さて今回は長野県千曲市の『荒砥城』です。
今は「千曲市城山史跡公園」として復元され一般公開されています。

荒砥城入り口
↑千曲市城山史跡公園の入り口

千曲市城山史跡公園の案内図
↑千曲市城山史跡公園の案内図

これ、駐車場のところにある案内板なんですけど、『二の郭まで280m 徒歩8分』って書いてあります。普通、人の歩く速度は毎分80mっていいます。その計算で歩くと8分で600〜640mは歩けるはずが、280m?Why?って感じですよね?
いや、それだけとても急な坂道なんです!

残りの距離表示

こんな表示が坂道の道路に埋め込まれるほどに (^0^;


そして、そんな急坂を登り終えたその場所に復元された荒砥城の二の郭へ入る門があります。復元されたものなので、奇麗でした。

荒砥城・二の郭の門
↑二の郭の門


荒砥城址でも『懐古園』の時と同様で沢山写真を撮ってきたので、何回かに分けて紹介していきます。

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【地図】荒砥城址の場所は??
posted by pleasure1975 at 21:53| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 武田信玄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月11日

MINIの専門店『bond MINI』

さて、本日は前からその店の前を車で通るたびに気になっていた
『MINIのお店』について、書きたいと思います!

国道17号(バイパスではない方)で、武蔵浦和の駅からそれほど離れていないところにそのお店はあります。
その名も『bond MINI』
通り沿いにガラス張りの店内にカスタムMINIが展示されています。ちょっとオシャレな感じ☆
ホームページもよく出来ています!!
『bond MINI』(http://www.bond-mini.jp/)

世の中にはガルウィングのMINIが存在するんですね!!

乗りやすいかどうかなんて考えてはいけないんですねぇ。
ここまで来たら(笑)
オレンジのその車体はとてもカッコイイです♪
画像を掲載することができないのが、とても残念ですが、
『bond MINI』のサイトの中でガルウィングのMINIが誕生するまでが写真付で紹介されているので、下記のURLからご覧ください。

BOND MINI デモカー(http://www.bond-mini.jp/democar/r53/index.html)


そして、そのサイトの中で初めてその存在を知って、今猛烈に欲しいなーって思うものがあります。
それは・・・








ワンセグ付レーダー探知機



ワンセグとレーダーが一つに!カーナビが付いたポータブルレーダー探知機! 指定店専用モデル...



ナビはいらないんです。地図があるから!

でも、レーダー探知機は欲しかったんですよねぇ〜。
日頃から何か安くていいレーダー探知機はあるかなぁって思っていたんですが、見つけちゃったかもしれません。

このレーダー探知機はメーカーのユピテルが指定したお店でしか販売することができない指定店専用モデルのレーダー探知機なんです。

結構、レアでしょ?

多分、オー○バックスやらイエ○ーハットやらの量販店では売ってないはずなんです。

posted by pleasure1975 at 01:43| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | MINI | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月10日

生島足島神社

ひさしぶりに『武田信玄ゆかりの地』巡りネタです。

前回は長野県小諸市の『小諸城址・懐古園』の紹介でした。
今回はその懐古園から西へ22kmくらいの場所にある
長野県上田市は『生島足島神社』に足を運んでみました。

生島足島神社の東鳥居


この『生島足島神社』は人と大地に生命力を与える「生島大社」と、人の願いに満足を与える「足島神社」の二神をまつり、霊験あらたかと伝えられます。
また、武田信玄上杉謙信との戦いに際し奉じた直筆の願文(重要文化財)が現在も残されている。詳しくはこちら


生島足島神社の東御門

生島足島神社の御神橋
↑この日、生島足島神社では結婚式が行われておりました。

生島足島神社の本殿


以上、『生島足島神社』でした。
次回の『武田信玄ゆかりの地』巡りは『荒砥城址』をご紹介致します。
お楽しみに♪

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posted by pleasure1975 at 03:30| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 武田信玄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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