MINIでいくMINIなオトコの放浪紀
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2011年03月30日

伊賀上野城の周辺を散歩

『伊賀上野城』の周辺を駐車場で待っている相棒のところまで
少しだけブラブラしてみたいと思います。

伊賀上野城

この写真はちょうど「筒井城址」あたりの写真になります。
実は、『藤堂高虎』がここ伊賀国に移封されるまでは、
筒井四郎定次が伊賀国主で、この「筒井城址」に三層の天守を築いていたのでした。

なので、これが「筒井定次」の手によるものなのか?
それとも「藤堂高虎」の手によるものなのか?は定かではありませんが、
高い『石垣』を設け、通路は直線ではなく右方向にカーブさせるなど
随所に城塞としての防御の仕組みが垣間みれて面白いです!

さて、お城の話はここら辺にして、
もう少し「上野公園」内を散策してみましょう!

ん?忍者うどん??
posted by pleasure1975 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 東海地方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月28日

伊賀上野城天守

それでは、『伊賀上野城』の天守の中に入りたいと思います。

伊賀上野城

門をくぐったところに『伊賀上野城』を説明した案内板があったので、
その内容をご紹介します。

伊賀上野城

慶長13年(1608)8月、藤堂高虎は伊賀の国10万石、伊勢の国の内で10万石、伊予の国で2万石に移封となった。(のち32万3954石余となる)
移封は、徳川家康の信任が厚かったのと、紀伊や大和の反勢力の押さえと築城の名手でもあり、目前にせまる豊臣家討伐に備えたもので、慶長16年(1611)正月、上野城の本丸を西に拡張、高さ約30mという高石垣をめぐらせた。
建設中の5層の天守閣は、慶長17年(1612)9月2日、当地を襲った大暴風で倒壊、その後、慶長19年(1614)の大坂冬の陣、元和元年(1615)の夏の陣と徳川方の勝利に終わり、幕府は諸大名の城普請を厳しく禁止したので上野城の天守閣は再建されなかったが、伊賀の国の城として明治まで城代家老を置いて存続した。
現在の天守閣は、当地出身の政治家川崎克氏が、熊野の山林家奥川吉三郎等の協力を受け、また自らが愛蔵する古美術品を売却して復興資金を調達、昭和10年(1935)10月18日に落成、伊賀の産業陳列館として「伊賀文化産業城」と名付けられたが、優雅な姿から白鳳城(はくほうじょう)と呼ばれて親しまれている。
と記されています。

さて、それでは天守の中に入りましょう!

天守の入り口で待ち受けるものとは?
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2011年03月26日

伊賀上野城

いよいよ『伊賀上野城』の本丸へ!
天守閣に迫ります。

伊賀上野城の天守
▲本丸からのぞむ『伊賀上野城』

これが『白鳳城』という雅名をもつ『伊賀上野城』の天守です。
確かに白く輝く美しい天守です♪

でも、この天守は慶長17年(1612)の暴風雨で工事中に倒壊してしまった
幻の「五層大天守」の天守台に昭和10年(1935)、地元の名士・川崎克氏が
私財を投じて復興再建した「模擬天守」なのです。

なので、実はこのお城、実に現代っぽい正式名称があるのです。

現代っぽい正式名称っていったい?
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2011年03月24日

伊賀上野城の石垣

今回の『山陰・山陽道放浪紀』で2番目のお城の
『伊賀上野城』です。

その『伊賀上野城』の『石垣』は以前、日本一の高さと言われていました。

伊賀上野城の石垣
▲伊賀上野城の「石垣」

たしかに高いですね〜!
その高さは約30mを誇るそうです。
この『約』というのがミソなのです。

「日本一の高さと言われていた」と書きました。
そう以前は『日本一』と言われていたのでした。
しかし、正確に計ってみると「○○城」の石垣の方が高かったのです。


日本一の高さをもつ『石垣』を有するお城は?
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2011年03月22日

松尾芭蕉の故郷

世界的にも有名な日本史上最高の俳諧師と評される
『松尾芭蕉』
彼の故郷はここ三重県の伊賀上野とされています。

故郷の伊賀上野にある「上野公園(三重県伊賀市)」には
松尾芭蕉に関連する建物がいくつか存在します。

芭蕉翁記念館
▲芭蕉翁記念館

昭和34年に「松尾芭蕉」を顕彰する事業の一環として建てられた資料館です。
館内には「松尾芭蕉」に関する資料の展示はもちろん、「芭蕉ガイドブック」など
「松尾芭蕉」をより深く知ることができる書籍の販売も行われております。

「松尾芭蕉」ファンのみならず、日本人として一見の価値はあると思います。
営業時間などの詳しい情報はこちらをご覧ください。
「芭蕉翁記念館オフィシャルホームページ」

芭蕉生誕300年を記念して建造された「俳聖殿」はこちら!
posted by pleasure1975 at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 東海地方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月20日

上野公園 (三重県)

今回の旅の二番目の目的地『伊賀上野城』がある
「上野公園」に到着です。
『伊賀上野城』の前に、「上野公園」内をご案内します!

午前10時、まだまだ観光客の姿は少なかったです。
駐車場に駐車(有料:500円[1回])して、
伊賀上野城に向かおうとすると公園の入り口に
伊賀上野と上野公園の案内板があります。

伊賀上野観光案内図
▲伊賀上野観光案内図

これは「伊賀上野全体の案内図」です。
伊賀上野城を中心として、城下町が形成されている様子がうかがえます。


上野公園案内図
▲上野公園案内図

こちらは「上野公園の案内図」です。
『伊賀上野城』の他にもいろいろと見所がありそうですね〜♪

上野公園の緑
そして、ここ『上野公園』も「浜松城公園」と同じく、新緑がまぶしい、
とても清々しく気持ちのいい公園なのです♪

そんな「上野公園」では、様々な催しものが開催されているようです。
ゴールデンウィーク中にも伊賀上野ならでは(?)のイベントが開かれます!

伊賀上野ならでは?の催しものとは??
posted by pleasure1975 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 東海地方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月18日

潮見バイパス

国道1号で西へ向かう時、いつも思う「気持ちいい〜♪」と
思える景色が運転しながら眺められるのが、
「潮見バイパス」『潮見坂』

潮見バイパスから見る風景

ここは東京方面から西へ進んだ場合、ゆる〜い右カーブになるのですが、
その時に左前方に広がる「砂浜」「青い海」「青い空」
この写真のように天気のいい日は、テンションが上がります↑↑↑

写真だとなかなか、その魅力がストレートに伝わらないのが
残念です (^-^;

ぜひ、潮見バイパスを通る際は、左前方に広がる素晴らしい風景をお楽しみください!
ただし、このバイパスは高速道路ではないのですが、制限速度が80km/hです。
そして、そこそこ交通量の多い路線になっております。
「脇見運転」はかなり危険ですので、やらないでくださいね。

そして、駐停車禁止になっておりますので、路肩にクルマを止めることも
できません。本当はゆっくりと味わいたいところですけどね。。。

『潮見バイパス』の場所はこちら!
posted by pleasure1975 at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 東海地方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月17日

帰宅経路を調べておく

先日、「帰宅難民」になり、43.7kmを徒歩で帰ってきたことを
お伝えしましたが、今回はその帰宅経路あらかじめ調べておいた方が
よいということを、今回の経験に基づいてご紹介したいと思います。

まず、今回の場合、職場でインターネットに接続できる環境があり、
帰宅経路を検索することができたので、道に迷うこと無く、
また大きな距離的なロスをすることなく、自宅にむかって歩くことができました。

おそらく東京直下型地震だった場合、こんなことをしている余裕はないですし、
インターネットに接続することすら、ままならないはずです・・・。

というわけで、事前に「職場」から「自宅」への経路を調べておき、
地図にその経路を書き記しておくことをオススメします!!


紙の地図上で最短ルートを策定するのもいいのですが、
インターネット上のWebサービスを利用すれば、
「出発地」「目的地」を入力または選択するだけで
簡単にルート検索してくれます。

便利なwebサービスは?
posted by pleasure1975 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月16日

浜松城と家康

浜松城の天守
▲浜松城天守

今回はもう少しだけ『浜松城』『徳川家康』について
掘り下げてご紹介したいと思います。

と、その前に『浜松城』の歴史をおさらい。

徳川家康がここに拠点を移す前、
ここは『曵馬城』という名前でした。
そして、『曵馬城』を築城したのは、
今から500年ほど前の1504年〜1520年の間に
今川家によって行われたと言われています。

そして、武田軍の侵攻を防ぐために「岡崎城」から「曵馬城」に
拠点を移した徳川家康によって『浜松城』という名前に
改名します。

どうして、徳川家康は『曵馬城』という名前を良しとせず、
『浜松城』という名前に変えてしまったのでしょうか?

『浜松城』に改名した理由は?
posted by pleasure1975 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 東海地方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月14日

浜松城天守

いよいよ『浜松城天守』にむかいます!

浜松城
▲浜松城天守

現在の天守は昭和33年(1958年)に再建された模擬天守です。
なので、築城当初または徳川時代の天守と同じ構造ではないと思われます。

そして築城は今から500年ほど前、
1504年〜1520年の間に今川家によって行われたもの
という見方が一般的なようです。

さて、この『浜松城』はあるいいイメージを持った
別の呼び名があります。
その別称、みなさん、ご存知ですか??


『浜松城』の別の呼び名とは?
posted by pleasure1975 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 東海地方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月13日

帰宅難民

2011年3月11日 午後2時46分ころ、
宮城県沖を震源とする観測史上初のマグニチュード 9.0の大地震
『東北地方太平洋沖地震』
が発生し、たくさんの方々が被災しました。

今も避難所で不安を抱えながら過ごす方々もたくさんいらっしゃいます。
はやく余震が落ち着き、不安な避難生活を脱することが
できることを切に願います。

そして、関東地方に住む自分も例外ではなく、
程度は軽いけれども被災しました。
関東圏のJR全線が終日運転中止を決定し、
「帰宅難民」になったわけです。

やや不謹慎ではありますが、東京直下型地震を想定した
シミュレーションで、徒歩で自宅に帰ることにしました。

Google Mapの経路検索では、職場の東京から自宅の埼玉まで約42km
所要時間8時間30分
街の状況、実際に歩いて帰ってみて感じたこと
必要な準備などを写真を含めてご紹介したいと思います。

検索結果とおり8時間30分で帰ることができたのか?
posted by pleasure1975 at 05:57| 東京 ☀| Comment(14) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月12日

浜松城の石垣

『浜松城の天守』に行くまえに
城郭の防衛設備として重要な役割を果たす
『石垣(いしがき)』にスポットを当てたいと思います。

なんと、ここ『浜松城』には400年前、
徳川家康が築城した頃の面影を残す『石垣』が残っているのです。

浜松城
▲400年前の面影を残す貴重な『浜松城の石垣』

上の写真が、400年前の面影を残す『石垣』です。
たしかに、近代再建されたものに比べると、
構造などが古く、歴史を感じる気がしますね。

ところで、日本の城郭の『石垣』には大きく3種類分けることができるのをご存知ですか?

・野面積(のづらづみ)
・打込接(うちこみはぎ)
・切込接(きりこみはぎ)


さらに石の積み方で2種類に分類することができるのです。

・布積み
・乱積み


積み方の方は、字から何となく想像することができますね。

さて、ここ『浜松城』の『石垣』はどれに該当するかわかりますか?


浜松城の『石垣』の分類は?
posted by pleasure1975 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 東海地方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月10日

浜松城公園

『山陰・山陽道放浪紀』の最初の記事は、
静岡県浜松市の「浜松城公園」です!

浜松城公園の案内板

夕方!? いえ、朝日が反射してるんです。
この写真を撮影した時刻は、午前5時半ころ!


午後11:30に埼玉県を相棒とともに出発して、
ほぼノンストップで国道246号、国道1号をひたすら西へ!
もちろんオール下道ですので、約6時間かけて
浜松城公園にたどり着きました。

走行距離は「約270km」
やはり遠いですねぇ、浜松 (^0^;

無事に浜松についたのですが、
浜松城公園の駐車場にたどり着くまでに
チョット時間がかかってしまいました。

公園西側の駐車場を目指して
進んでしまったのが全ての間違い・・・。

駐車場は公園東側国道152号(大手通り)から
入った方が分かりやすいですよぉ!!
目印は、「ホテルコンコルド浜松」です。


さて、気を取り直して早速『浜松城』を目指します!

初日からかなりいい天気♪
早朝の気持ちのいい空気の中、『浜松城公園』の
散策開始です!

『浜松城公園』はどんなところ?
posted by pleasure1975 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 東海地方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月08日

山陰・山陽道放浪紀

『山陰・山陽道放浪紀』がスタート!!

山陰・山陽道放浪紀

やっと昨年のGWに放浪した「山陰・山陽道」をご紹介できます (^-^;

今回は前回(2008年5月)、広島で力尽きて九州上陸を果たせなかった雪辱を晴らすことができました!
相棒とともに九州初上陸です♪

埼玉県 → 東京都 → 神奈川県 → 山梨県 → 静岡県 → 愛知県 → 三重県 → 京都府 → 兵庫県 → 鳥取県 → 島根県 → 山口県 → 福岡県 → 広島県 → 岡山県 → 岐阜県 → 長野県 → 群馬県 → 栃木県 → 茨城県、通過しただけの都道府県もありますが、20の都道府県を渡り歩いた、今回の「山陰・山陽道放浪紀」、どこを巡ってきたのか!?

『山陰・山陽道放浪紀』の目次はこちら!
posted by pleasure1975 at 23:49| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月02日

MINI CROSSOVER試乗PART2

BMW MINI COOPER CROSSOVER試乗

今回は「走行性」と「外観」を写真を中心に紹介していきたいと思います。

さて、その前にこの「CROSSOVER」。
実は海外で販売されているものとは、少しばかり仕様が異なるのです。
大きな違いは2つ!

・ 全高が欧州仕様車よりも11mm低い。

・「CROSSOVER」という名前は日本だけ!



前者は日本の駐車場事情に配慮されたもの。特にタワー駐車場対策。
後者は、商標登録に問題があり、日本だけこの名前に。

欧州ではなんと呼ばれているのか?

それは、「走行性」と「外観」とともに記事の後半でご紹介します。

欧州での「CROSSOVER」の名前は?
posted by pleasure1975 at 01:30| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | MINI | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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