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2011年09月07日

旧河島家〜後編

今回も引き続き、石見銀山代官所地役人の遺宅『旧河島家』をご案内します。

旧河島家

まずは、『河島家』の平面図から!
前回の記事で、納戸上の「つし2階」までご案内したので、
今回は1階に降りてきて、「中ノ間(座敷)」、「奥ノ間」「庭」をご案内します。

中ノ間(座敷)〜旧河島家
中ノ間から奥ノ間方向を見た写真です。

旧河島家
さすがは武家屋敷!壁には「槍」などの武器が!!

旧河島家
そして、この部屋が「奥ノ間」。
さすがは奥ノ間です。他の部屋とは趣が違います。
そして立ち入り禁止でした (^-^;

閉館ギリギリで入館したので、自分の他には誰もいなかったため、
かなりノンビリと独占して見学することができました♪

そんなノンビリ気分を一番良く味わえてのは、ある所でした。



縁側〜旧河島家

それは、『庭に面した縁側』です!
夕方の何とも表現しがたい良い雰囲気のなか、
縁側に腰を下ろし、広くはありませんが
通りから壁で遮蔽された庭を満喫♪

庭〜旧河島家

庭〜旧河島家

いつまでもゆっくりと流れる時間を味わっていたかったのですが、
とうとう閉館の時間が来てしまいました。

最後に大田市の市指定史跡
石見銀山代官所地役人遺宅『旧河島家』
の現地説明板に書かれていた内容をご紹介します。

建物は、代官所の銀山方役所に勤務する銀山附地役人河島氏の居宅であった。
初代三郎右衛門は安芸国(広島県)出身で、慶長15年(1610年)初代奉行大久保石見守に銀山附地役人をして召抱えられ、子孫は代々銀山の支配に携わった。
建物は寛政12年(1800年)の大火以降の建築であるが、主屋を敷地奥に建て、通りに面して土塀を廻らせ前庭を設け、大戸口の右手に式台を設けるなど、武家の住まいの基本形をよく残している。
大森町役場や警察署の駐在所、農協支所などに利用された後、平成2年に大田市所有となり、半解体修理を行い平成4年(1992年)春に竣工した。

さて、次回は「石見銀山」最後の記事です。
ここ「石見銀山」でしか買うことができないお菓子をご紹介します。

次の記事:石見銀山のお土産

NEXT STORY

石見銀山のお土産
大森の町並みには、いろいろなお店が軒を連ねているのですが、観光地でよく見るお土産屋さん的なお店は少なかった気がします。そんな中で、ここ石見銀山でしか売っていないというモノがあります!

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【旧河島家の場所】


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posted by pleasure1975 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国地方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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