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2008年01月22日

山本勘助の墓

とうとう、今回の『山本勘助の墓』で31回続いた『武田信玄ゆかりの地』巡りの最終回を迎えます。昨年のGW、5月4日からスタートしてなんと8ヵ月もかかって全てを紹介することができました。

といっても途中、更新を怠っていた時期がありましたが (^-^;

甲府の『武田神社』から始まり、諏訪の『小坂観音院』『諏訪大社』、小諸市の『懐古園』など。そして、『八幡原史跡公園』、松代の『海津城址』を経て、
やはり最後を締めくくるのは、『山本勘助の墓』

今更だけど、『山本勘助』は武田二十四将の一人で、武田の五名臣の一人でもある。武田信玄の伝説的軍師としても有名であるが、本当に実在したのかは定かではない。

その『山本勘助』の墓が、長野県は千曲川のほとりにあります。

山本勘助の墓
↑山本勘助の墓


山本勘助の墓

上の写真の看板に記述されている『山本勘助』はこうです。


山本勘助は、三河国(愛知県)の出身、26歳より諸国を巡り修行し、天文・兵法・槍術・築城術など武芸百般を体得、44歳にして武田信玄の軍師となり数々の策略を立て、上杉謙信の攻撃に備えて築いた海津城 (松代城)の構築も手がけた。
1561年 (永禄4年)9月10日の激戦において、信玄に勧めた『きつつきの戦法』を謙信に見破られ、武田軍は一時苦戦に陥り、勘助は責任を感じ奮戦の後討死にした。


伝説の軍師『山本勘助』には、様々は説がありますが今も人々に語り継がれて、物語の中で生き続けてます。

NHKの大河ドラマ『風林火山』も終わってしまいましたが、また機会があったら違う角度で戦国時代の史跡巡りをしてみたいと思います。



次回は、ちょっとだけ北に足を延ばして、小布施の『北斎館』に行って来たので、そちらの町並などをご紹介します。お楽しみに♪






posted by pleasure1975 at 03:02| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 武田信玄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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